【520名が亡くなった日航墜落事故から31年】墜落2時間後には米軍は現場に到着→救助を試みるも日本政府が「帰還命令」→救助が開始されたのは13時間後。その真相に怒りが収まらない!

あれから31年。日本航空123便墜落事故は、1985年(昭和60年)8月12日月曜日18時56分に、東京(羽田)発大阪(伊丹)行同社定期123便ボーイング747SR-100が、群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(通称「御巣鷹の尾根」に墜落した航空事故。

乗員乗客524名のうち死亡者数は520名、生存者(負傷者)は4名であった。死者数は日本国内で発生した航空機事故では2016年8月の時点で最多であり、墜落事故および単独機の航空事故でも世界最多である。

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